■そもそも戒名とは?

戒名とは元来、仏教者として守るべき生活や心の規範を受けた者に対して師匠から仏教徒として授けられる名前です。

現在では亡くなってから戒名が授けられるというのが一般的ですが、本来は、生きている間に戒律を受け、仏教者としての生活を送るものであり、生前戒名が本筋であります。

戒名は、宗派によって呼び方や考え方が違い、浄土真宗では戒律を持たないという考え方から「法名(ほうみょう)」といい、日蓮宗では、法華経を護持することが持戒に勝るという考え方から「法号(ほうごう)」といいます。

全宗派、戒名は、2文字であるという事は共通しています。

■戒名の歴史

538年 日本に百済から仏教が伝来してきます。しかしながら、仏教そのものは伝わったとしても「三蔵」すなわち「戒律」を授かった者はいなかったのです。

国家を仏教という教えを利用して統治ししてく中で、箱モノだけ出来て、大切な戒律が伝わっていない。そこで、754年、中国に招請し、5回も船が難破し、最終的には目が見えなくなっても来日されたのが鑑真和尚様です。

東大寺の戒壇堂にて鑑真和尚から戒律を授かり、日本ではじめて戒名を授かったのが聖武天皇だとされています。戒名は「勝満」と授けられました。

お茶やお華で、ある程度できるようになると、家元や師匠からその道での「名前」をもらいます。これと同じように、お釈迦さまの教えを守って生活をします、仏様の前で約束したときに授けてもらう名前が戒名です。まさに仏弟子になったことを表す名前です。

戒名は、元来 生前に授かるものです。

鎌倉時代の武将、上杉「謙信」や武田「信玄」の名も戒名です。謙信の俗名は輝虎、信玄は晴信です。

室町時代あたりから、葬儀のときに仏弟子となった意味で戒名を贈るようになりました。その後、江戸時代になると宗門人別改帳という法令が公布され、キリシタン弾圧の流れの中、一般人は皆お寺の檀家になる事が強制されました。これが「檀家制度」と言われるようになります。

檀家制度の利点は、日本国民の住民票をお寺が管理することで、出生・結婚・死亡など、すべてを寺院が管理するよう幕府から命じられていました。

この時に言われたことわざが「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」

何はともあれ、お寺は、町の中心として機能し、役所としての務めをし、檀家はお寺と共に歩み 現代につながってくるのです。

しかしながら、廃仏毀釈という仏教を排他し、神道を中心とした流れになり、お寺の力はどんどん衰退していきます。

我がお寺を管理護持して守っていくために、檀家総代を中心に、檀家さん達で決めたのが、今の檀家制度であります。

ここで問題になる、戒名料といったものも、住職が決めた金額ではなく、檀家さんを中心にお寺を護持管理するため、皆さんだ決められたものが戒名料となってお寺のために使われているのです。

檀家になっているか?それとも、分家で菩提寺がないのか?によって全くと言ってよいほど違ってくるのです。

ここが戒名料のポイント!!

同じように考えようとすることが、戒名料の不平不満につながっている問題であると思います。

■戒名の種類

戒名の種類に関して、原則戒名は「平等」です。どのご僧侶も、戒名に違いはありませんとお答えになるでしょう。

そうお話しすると、「そんなバカな?」とお叱りになる方もあります。

院号は格が高くて高級なんだ。という認識の方が多くあるからです。

戒名の長さによって、長ければ立派。長ければ高い。中には、1文字10万円という方もあります。

戒名には、院号・道号・位号といったように、分解して考えることが出来ます。

戒名は、2文字です。これは、全宗派共通しているのです。

その方の年代や仕事・役柄・お人柄・仏教への貢献度によって院号などが付与されているのです。

詳しくは、宗派の戒名についてお話しします。

■戒名の一般的な相場

一般的な相場は上記のとおりであると考えます。

■有名人の戒名

大光院力道日源居士  力道山

陽光院天真寛裕大居士  石原裕次郎

花香院麗風妙舞大姉  大原麗子

大雲院雷蔵法眼日浄居士  市川雷蔵

秀岳宗光禅定門  明智光秀

満寿院叡彩心酔大居士  池田満寿夫

石森院漫徳章現居士  石森章太郎

峰雲院文華法徳日靖居士  井上 靖

也風流庵大拙居士  鈴木大拙

慈照院和道法郎居士  坂上二郎

竹久亭夢生楽園居士  竹久夢二

安楽寿院功誉文林徳潤居士  谷崎潤一郎

修音院釋秀樹 西城秀樹