戒名はいらないという方に、戒名を付けないと困る5つの理由

戒名は付けない 戒名はいらない。という方に

あなたは亡くなったらどこに?行きますか?

葬儀という言葉は、葬送儀礼の略されたものです。

仏教では、人の肉体が滅びた時、彼岸(永遠の世界)へ見送るための人生最後のセレモニーとしての意味があります。

そのため、死者に旅装束をさせて配列を組んで墓地まで赴く「野辺送り」の風習などにその象徴的意味が読み取ることができるでしょう。

葬儀は、戒名を授けられて仏弟子となった死者を極楽浄土へ導く「引導」を渡す儀式でもあります。

引導とは、人を導いて仏の道に帰依させ、死出の旅路を迷う事なく「浄土へ導く」為のものです。

 この二つが、葬儀を構成する大切な要素です。

仏教は生死を超越した世界を説き、人間の心の正しいあるべき姿を考えるものです。

仏教では、浄土

宗派によって呼び方が違います。

天台宗・浄土宗・浄土真宗では、極楽浄土

真言宗では、密厳浄土

日蓮宗では、霊山浄土

呼び方や考え方は違っても、仏様の仏国土であることに違いはありません。

一方 キリスト教では、「天国」ですね。

イスラム教では死んだ人の魂は、善人だろうが悪人だろうが、いったん冥界「バルザフ」に留まることになっています。

無宗教の方は、どこに行くのでしょうか?

死んだら無になる。どこにも行かない。浮遊霊?地縛霊?

それとも、魂などない?

本当にそのように信じることができたのであれば、戒名も儀式も葬儀も必要ないでしょう。

無神論者であれば問題ありません。

魂は存在するのでしょうか?

記憶に新しい、平成天皇から令和天皇への儀式は、一体何のため 誰に向かって行われていたのでしょうか?

私たちは、生まれて、お宮参りをしませんでしたか?

七五三は?

端午の節句は?

正月に初詣 節分 酉の市 秋祭り

お墓参りをしたことがない人などいないでしょう。

お盆やお彼岸も関係なかった人はいないでしょう。

大学受験 就職祈願 病気平癒など、お寺や神社で祈ったことがない方もいないでしょう。

神や仏の存在など何もない。と言えるでしょうか?

祈ったことがない人間など、この世には存在しないでしょう。

 

話を仏教や戒名に戻します。

葬儀の時は、「ご霊前」 49日以降は「ご仏前」となります。

亡くなると死出の旅路にでて、三途の川があります。

三途の川

死にかけた時などに「三途の川まで行きかけた」などとよく言いますが、三途の川とはどのような川なのでしょうか?

また、その意味は?あの世とこの世を繋ぐとされている三途の川です。

三途の川とは?

三途の川とは、何を意味しているのでしょうか?

三途の川と聞いて思い出すのは、死者があの世へ行くときに通る川、あの世とこの世を隔てている川などという事ではないでしょうか?

また、三途の川には渡るところが3か所あるから三途の川といわれています。

渡るところが3か所あるとはどのよう意味なのでしょうか?

三途の川の意味や由来

三途の川(さんずのかわ)の三途とは、仏教に由来しています。三途の川とは仏教では、人が死ぬと7日目に渡る川となっています。

三途の川とは、あの世と言われている彼岸(ひがん)と現世と言われている此岸(しがん)の境目にあります。三途の川は生前の罪の重さによって渡る場所が異なるとされています。

三途の川の渡る場所は、生前に善人だった人、軽い罪を犯した人、重い罪人の3種類に分けられいます。

このように渡る場所が3つあることから三途の川と名付けられたようです。また、川を渡り切れない場合は、そのまま地獄へ行ってしまうようです。

三途の川の渡り方

三途の川とは、あの世へ行くときに生前の罪の重さによって渡る場所が3か所あることから名づけられています。

三途の川の3つの場所では、十王(じゅうおう)による裁判をかけられているとも言われています。

十王とは、冥途にて死者を裁いていく裁判官のことを言います。裁判官の中には一般的に有名な閻魔大王もいます。閻魔大王は、十人の裁判官の一人なのです。

人間が死んだ後に七日ごとに法要が行われる初七日、二七日、三七日などは、このタイミングで裁判官である十王によって死者への裁判が行われているからなのです。

三途の川とは、初七日が終わった死者が向かう場所となっています。善人の三途の川の渡り方としては、金銀七宝で作られた橋を渡ることができるといいます。綺麗な金銀七宝で作られている橋を楽々と楽しみながら渡っていくことができるのです。

生前に善い行いを行ったご褒美ということができるでしょう。今まで色々な悪さをしてしまった人も、諦めるのはまだ早いでしょう。少しでも罪を軽くしていくためにも、心を入れ替えて生きていくことで三途の川も渡りやすくなります。

罪が軽い人の渡り方

三途の川の罪が軽い人の渡り方としては、善人のように橋を渡ることはできません。山水瀬(さんすいせ)と呼ばれている川の浅瀬を渡っていくことになります。

自力でひたすら浅瀬を渡っていくのです。橋を渡ることはできませんので濡れてしまうのですが、浅瀬を渡っていくので一歩一歩足を進めていけば、それほど大変な思いをしないで渡ることはできます。

一般的には罪が軽い人が一番多いようです。罪の軽さにもいろいろあるでしょうから、生前犯してしまった罪があったとしてもそれと向き合って改善していくことで罪はドンドンと軽くしていくことができますので、あきらめずに精進しましょう。

重罪人の渡り方

三途の川の重罪人の渡り方としては、強深瀬(ごうしんせ)と呼ばれている川の深瀬を渡ることになっています。川の深瀬は波も高く、流れが急になっています。時には岩が上流から流れてくることもあります。

その岩が重罪人の体を打ち砕いていくそうです。しかし、すでに死んでいる重罪人は上流からの岩に砕かれても砕かれてもまた修復されて、永遠と深瀬を渡り続けなくてはなりません。また、深瀬の皮底には、大蛇も住んでいると言われています。

時には、大蛇に食われてしまうこともあります。しかし、すでに死んでいる重罪人は、死んでも死んでもまた修復されて永遠と三途の川を渡らなければならないのです。川を渡り切れずに流されてしまうと地獄へ向かうと言われています。

三途の川を渡るにはお金(渡し賃)が必要?

三途の川を渡るには、渡し賃というお金が必要なのでしょうか?三途の川のほとりには、大樹がありその大樹を衣領樹(えりょうじゅ)といいます。そこには、懸衣翁(けんえおう)と奪衣婆(だつえば)という鬼の老夫婦が住んでいます。

三途の川を渡る際には、その老夫婦に衣類をはぎ取られて、衣領樹に衣類をかけるとその垂れさがり具合でその人の罪を見抜くことができるようです。その人の罪を見たうえで、3つのどの場所を渡るかが決まります。

 

六文銭が必要

江戸時代の中頃には、死者になった時に六文銭を持っていれば、鬼の老夫婦に衣類をはぎ取られないので、罪の重さで決められてしまう三途の川を決められないで済むと考えました。罪がわからなければ、罪人も渡橋を渡ることができると考えたのです。

しかし、六文銭があれば、善人のように橋を渡れるということではありません。六文銭はお賽銭と同じような意味となっています。六文銭を納めることで、生前の罪を反省します、信心します、仏に帰依しますという証明となると考えられました。

このようなことから、重罪人でも地獄に落とされることなく三途の川を渡っていけるようになるということのようです。現在では、六文銭を印刷し紙をお棺に入れているところもあるようです。これは、そのような意味からなのです。

六文銭がないとどうなる?

六文銭がないと鬼の老夫婦に衣をはぎ取られて、罪の重さを判断されてしまいます。それゆえに重罪人は、深瀬の川を何度も岩に砕かれながら渡らなくてはならないのです。

三途の川には、賽の河原(さいのかわら)という場所がありました。子供たちが集まっている場所なのですが、親よりも先に死んでしまった子供たちは親不孝者として、大きな罪であるということでこの賽の河原に集められるのです。

両親の供養のために子供たちはせっせと石を積んでいかなければなりません。

 

法要と中陰供養

 

 

 

法要は追善供養ともいい、この世に残された者が仏の供養によって故人にあの世での良い報いを向けるために行うものです。

 仏教では死者は亡くなった日から数えて七日目に当る初七日から二七日(十四日目)・三七日(二十一日目)・四七日(二十八日目)・五七日(三十五日目)・六七日(42日目)・七七日(四十九日目)と、七日目ごとに七回、死後の世界の裁判官である閻魔によって生前の功徳に対する裁判を受け、来世で行くべき場所が決定されると言われています。

 そのため残された者は閻魔帳に記録されている罪業を消滅させるためそれぞれの裁判の日(忌日)に、故人の冥福を祈って法要を行います。

 尚、七七日まで故人の霊がさ迷っている期間を中陰あるいは中有と言うため、忌日に営む法要を中陰供養とも言います。

 また、判決によって故人の霊が極楽浄土に行けるかどうか決まる七七日が、一般にいう忌明けということになります。

 本来ならすべての忌日に僧侶を呼び、仏壇の前で読経してもらうのが望ましいのですが、現在では初七日忌・五七日忌・七七日忌の法要以外は省略するか、身内だけで拝礼する程度のことが多くなっています。

そうして、長い時間日本の死生観が培われてきたのです。

初めて迎えるお盆の事を「新盆」とは「初盆」といいますが、49日を過ぎてから迎えるのが新盆です。

7月初めに亡くなって、まだ49日になっていなければ、新盆は翌年となります。

 

お亡くなりになると「白木位牌」を49日までお祀りします。

49日までは、霊がさまよっていると考えられ、その依り代として重要になります。

葬儀の時に喪主が持っているのが「白木位牌」です。

49日に本位牌ができるまで、お線香をあげたり手を合わせて祈るのがこの位牌です

  

49日には、白木位牌から本位牌に魂替えを行い、仏壇に納め手を合わせます。

そして、お盆は何をする日なのでしょう。

お盆とは正式には【盂蘭盆】といい、古代のインド語の一つであるサンスクリット語の「ウランバナ」を漢字にあてはめて読まれた言葉です。

お釈迦様の弟子の目連は、母親が死後の世界で餓鬼道に堕ちて飢えに苦しんでいる姿を見て、お釈迦様に母を救う方法の教えを請いました。

その教えに従って、布施や供養を僧侶や多くの方々に施したところ、その功徳により母親は極楽浄土に行くことができました。

それ以来、目連が多くの人に施しをした7月15日は先祖供養の大切な日となったと伝えられています。

また一方中国では仏教以前から死者への祖霊の儀式もありました。これらが一緒になって日本に祖霊信仰として伝わってきたとも言われます。

お盆の時期お寺では「盂蘭盆会(うらぼんえ)」という法要を執り行います。

戒名の付いた位牌を精霊棚にお祀りし、ご供養します。

各家庭ではお盆には故人の霊が帰って来るといわれ、お供えや提灯を飾ってお迎えします。

そのお供えが「お中元」であり、お正月様にお供えするのが「お歳暮」です。

お歳暮のルーツは中国に古くからある慣習にあります。

中国の道教では、旧暦の1月15日は「上元」、旧暦の7月15日は「中元」、旧暦の10月15日は「下元」と呼ばれ、それぞれの日を神様の誕生日として人々がお供え物をする行事がありました。これらの行事が、日本ですでに存在していた「盆礼」という行事と結びつき、「お中元」が生まれました。

また、日本には、もともとお正月にご先祖様の霊をお迎えする「御霊祭」のためにお供え物をする風習がありました。

そのお供え物として、よその家に嫁いだ人や分家の人たちが、本家や実家にお神酒のおつまみになるような塩鮭やするめ、数の子などを年末に手渡しで持っていくようになります。これが中国の行事と結びついて「お歳暮」のルーツになったと言われています。

そうして、死んだらおしまい。ではなく、死後も祖先とともに生き続けるのです。

そうして、先祖は、我が家を守る守護霊となるのです。

同時に、祖先は、先祖から受け継ぐ命のバトンを託され、生かされていることに感謝し日々の生活が充実していくのです。

戒名は、100%必要です。

経済的にお困りの方は、いやそうでなくとも、お困りの方は、どうぞお知らせください。

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3万円という目安を出していますが、費用の事より供養が先です。

戒名をちゃんと授かり、位牌を作り、手を合わせると不思議と心が落ち着くものです。

戒名は付けない 戒名はいらないという方へ

戒名とは何かをわかって、その選択をしていただくことをお願いします。

戒名が高いから?安いからといった経済的な問題ではなく、

故人が成仏し、遺族も心安らかな感謝の日々を送ることができる。

戒名を授かるとは、とても大事な事であります。

今回は、戒名を付けなかった方が、あとでお困りになった事例を挙げてお話しさせていただきました。